さすがは聖バレンタインデーが間近いこの時期で、
デパートでも雑貨のお店でも、
コンビニや量販店さえ一緒くたになって、
チョコレートやラッピングのグッズ、
プレゼントにというネクタイやら小物、
洋酒の小瓶などなどの売り出しにおおわらわ。
特設会場が設けられ、
この時期限定なんていう海外ブランドの高級チョコとか、
有名ショコラティエの特別製なんてのが、
宝石箱みたいな豪奢なケースへ飾られていたりもし。
「わ、ヘイさん。これ工具みたいですよ。
ちゃんと工具箱に入ってるし、こういうのお好きでしょう?」
「凄いですね。ドライバーもペンチも揃ってて。
あ、モンキーレンチなんて、ちゃんと溝を切ってありますし。」
「モンキーレンチ?」
「ええ、向こう側にあるでしょう?」
ボルトの大きさに合わせて口の幅が変えられるんですよね。
あ、ホントだ。細かいところまでリアル〜。
暖房なんか要らないんじゃないかというほどに熱気むんむんで、
甘い甘いチョコの匂い以上に、女性特有の化粧品の香りも入り混じり。
よほどの情熱があるか、若しくは好奇心が旺盛でないと、
なかなか長居はしにくい場所だ。
「久蔵殿なんて早々とリタイアですものね。」
催し物会場のフロア全面に、
様々なスィーツ店のブースがこれでもかと居並んでいる様は、
数でもにぎやかさでも ちょっとした物産展以上の盛況ぶり。
そのすぐ間近ではあるが、そちらは随分と温度差もあるスペース、
買い物に来た本人ではないとか、熱気に負けちゃったお人用の休憩所、
ベンチを並べた階段ホールにて。
買い物に集中しているのが“カノ女”なら、
その態度は叱られんかというほども
気になっておりますという素振りの男性たちから、
注目集めまくりの美少女が遠目に見えて。
「〜〜〜〜〜。」
お友達らの言う通り、
熱気に負けての、撤退組になっておいでの三木さんチの久蔵さん。
女学園はお休みの今日は、
ウィンドウショッピングにって出て来たはずなのにね。
本命へは手作りをと計画中のはずだった彼女らなのに、
だってのに、参考にするんだとばかり、
あの二人と来たらば、
ここ数日ほど、こういうフェアの会場を見かけると
洩れなくもぐり込んでの渡り歩いておいでで。
まま、年頃の女の子なんだし、
それでなくとも美味しそうなチョコがずらりとお目見え。
もはや定番化しつつある“マイチョコ”だの“友チョコ”だのへ、
眼福も兼ねてのこと、ゆっくり吟味したいとする気持ちが……
「久蔵殿にはちょっぴり判らないと。」
「こういうことへも寡欲なお人ですもんね。」
決してスィーツが苦手な訳じゃない、むしろ甘党の彼女だし。
あの三木コンツェルンのご令嬢なだけあって、
それなりに舌も肥えておいでじゃああるが。
好いたらしいと思うお人が身内も同然というほど間近にいるの、
微妙な安堵のようなもの、彼女へ及ぼしてでもいるものか。
こういうイベントへの積極性とか関心度、
時に“がくぅっ”と落ちておいでな場合が多々あって。
『来週の土曜日曜でも…』
買うんじゃあない、参考までに見るだけだとしたって、
まだまだ日はあるだろうにと言ってた紅ばらさんだったのへ、
『何言ってますか、久蔵殿。』
『期間限定の人気商品は
あっと言う間に売り切れちゃうんですよ?』
ゴディバやリンツといった有名どころへの心配はしちゃあいません。
でもね、今年初なんて珍しいブランドのは、
あっと言う間に売り切れちゃって、
しかもそのまま、もう仕入れはしませんなんてな扱いになるんですよねと。
買いそびれるのがどれほど口惜しいことかと
歯咬みしそうにまでなる白百合さんやひなげしさんであり。
“……そういえば。”
バーゲンの時も、物凄い馬力で突進してく彼女らを、
時に見送る立場になることが多い自分だよなと、
妙なことをば思い出し。
これでも結構 女子らしいあれこれを楽しんでたはずが、
まだまだ足りないのかな、女子力とやら…と。
シックな深緑のソファーに腰掛けたまま、
白い頬に両手を当て、赤い双眸をきょとりと泳がせ、
おややん?と考えあぐねていると、
「ねえ、一人なの?」
「誰かと待ち合わせ?」
想定外なお声がかかり、
おややぁと紅色の双眸が寄り目になりかかる。
顔を上げれば間違いなく自分へと話しかけて来たらしき男子が2名ほど。
そちらさんは立ったままなのは、こういう場だから仕方がなかろうが、
初対面で何の紹介もない異性へいきなり声をかけ、
しかも予定を聞きほじろうとするなんて、ぶしつけにも程があるぞと。
「………。」
金色という軽やかな色合いなため、
見た目ますますと ふわんふわんな印象のくせっ毛なのや、
すっきりと整った美貌に、モデルばりのスタイルながら、
女性にあふれているチョコ売り場から離れて、
手持ち無沙汰に頬杖ついてた様子をどう解釈されたやら。
「相手の子、まだ来ないの?」
「その子が来たら、僕らと一緒にこの後どっか行かないか?」
茶パツの上へニット帽をかぶったダウンジャケットの高校生風と、
もう一人は…街なかなのにスノーボードブランドのマークがついた、
前合わせの金具も、どう見ても雪山仕様だろそれというジャケット姿の、
鼻にピアスを通した、そっちは専門学校生くらいだろうか。
久蔵には見覚えのない男子が二人ほど、気安いお声をかけて来ており。
ショッピングモールを歩いているでなし、
チョコ売り場に視線を向けてはいたようだから、
此処で誰かを待っているらしいなと目串を刺したのだろう。
それと、一人でいる女の子だってことも
彼らの気を大きくさせる要因だったらしいけれど、
「……あ、シチさん。久蔵殿がやばい。」
「え? ありゃ。」
誰かに話しかけられているのを遠目に見て、
あ、やばいと、チョコから視線を剥がしての、
慌てて駈け戻ることにしたこちらのお二人。
暖房があっても一応はそれを着て来たからという、
外套姿の女性らがぎゅうぎゅう詰めになってる通路、
ごめんなさい、通してくださいと急ぎつつ、
「早まらないでよ、久蔵殿。」
遠目にも判りやすく、
二人ほどから見下ろされる格好になってる紅ばらさんへ、
この念じが届けと祈るようになってる白百合さん。
慣れぬこととて
彼女が対処へ困るんじゃないかというのは 勿論のことながら、
「まあ、痛い目見たほうが 奴らにはタメになりますが。」
「……ヘイさん。」
こんな短いお言いようへ、何てことをと窘めかかったところからして、
白百合さんとて、同じ想いをまずはと抱いた身だったに違いなく。
彼女らが揃って真っ先に案じたのは他ならぬ、
気分が優れないことも重なってのこと、
短気を起こした久蔵の手により、
てぇいうるさいと、逆に掴みかかられての、
そのまま投げ飛ばしたり蹴り倒したりという
一騒ぎへ発展したなら一大事だと案じたのが
実をいや一番の懸念なワケで。
こっちの焦りようなぞ てんで知らぬまま、
「ねえ、どんな子と待ち合わせ?」
片やのスノボ男がとうとう身を屈め、ソファーの背もたれへ手をついた。
直接触れてはいないけれど、
それでも久蔵の頬の間近を掠めての肩越しという位置取りは、
いかにも馴れ馴れしくて。
場慣れしている子なら、いなすも様子見もたやすかろうが、
物慣れない子なら萎縮して逆らえなくなるだろうし、
それより何より、
「……。(…怒)」
玲瓏透徹、それは端正なお顔の三木家のご令嬢様。
華麗なお顔だが、もしかしてこういうことには慣れがないかと踏まれたか。
確かに慣れちゃあいませんが、
それは、馴れ馴れしい“礼儀知らずな存在”には縁がなかっただけのこと。
そういう輩にはどう対処すれば良いかも、至って自己流のそれであり、
「ねえ、…っと?」
背もたれへと手をついて重心を前へ傾けた片やの青年。
ということはと、
細みのパンプスを履いた爪先を
そりゃあ鮮やかな素早さで蹴り出していたお嬢様。
途端に、
「…っ、痛って〜〜〜っ。」
向こう脛を突然蹴られ、
あまりの激痛に わあっと前のめりのまま倒れ込みかけた彼だったのへ、
避けもしないでの待ち構えているお嬢さんだったということは、
「やばい、やばい、やばい。」
「早まらないで、久蔵〜〜。」
落ち着き払ったお顔と言い、座った双眸といい、
あれはもっと手痛い天誅を、続けざまに構えてる顔だぞ〜〜っと。
平八が恐れおののき、
そうですよねと、こちらにも覚えがたんとある七郎次が、
せめて自分たちが割り込むまで間に合って〜っと、
女性客らを掻き分けておれば、
「……っ? え?」
彼にもそこまでの大胆さがあってのことじゃあない。
むしろ久蔵の側から、
薙ぎ倒すために間合いに入れようとしたようなもの。
そんな倒れ込みをしかかっていたスノボ青年の身が、
不意にガックンと、中空での急停止をしたもんだから。
彼で遮られて向背が見えてない久蔵のみならず、ご本人よりも先に、
一緒にいたお仲間さんがまずは何が起きたかに気づいたくらいで。
「何しやがんだ、お前。」
いきなり手を延べ、
お友達のスノボ用らしきダウンスーツの後ろ襟を引っつかんだ男へ、
無体なことをしやがってと咬みつきかかったものの、
「何をする…ってのは、あんたたちの方でしょう?」
何とか声が届きそうな間近へまで駆けつけた七郎次と平八、
ほら どいたどいたと、
宙ぶらりんになってた方の男を
容赦なく押しやって排除したのが七郎次なら、
「こんな場所でのナンパとは、
センスもへったくれもないったらありませんね。」
今時 中学生だって
デパートの、しかもバレンタインのチョコ売り場で
ナンパ相手の女の子を見繕うなんてな野暮はしませんよと。
腰に拳を当ててのてきぱきと言い募れば、
「ほんとよねぇ。」
「誰あれ。」
「サイテー。」
「こんなところに来てる女子っていやぁ、
お目当てがいる子ばっかだって判らないのかしら。」
「単に数が多いからって思ったとか?」
語調も尖らせての食ってかかったひなげしさんのその向こう、
何の騒ぎかと興味津々、首を伸ばしまでして見やって来た女子らが、
そんな罵倒のお声を放っているのが容赦なく届く。
彼女に何か用でしょうかと、ややおっかないお顔を作ったお友達二人よりも、
そっちの威力が効いたものか、
「…っ、うっせぇなっ。
そんなお高くとまった女、こっちから願い下げだ。」
「あらあら。高嶺の花の間違いでしょう?」
人いきれに負けて休んでただけの彼女だってのにねと。
お隣へ腰掛けてのしなやかな腕を回し、
久蔵の痩躯を庇い守るように懐ろへと抱き込んで。
そのまま抗議一杯の鋭い視線を向ける白百合さん。
いかにも“か弱いお友達に無体をしたわね”という
ポーズを取る七郎次とあっては、
どっちが悪いかは一目瞭然。
それにそれに、ようよう見やれば、
彼女ら3人ともが、結構レベルの高い美少女揃いで。
最初に近づいた金髪のお嬢さんは、
白い角襟のシンプルなシャツに濃紺のボートネックのニットと
細かい千鳥格子のパンツという微妙にレトロないで立ちは、
ずんとシックで大人しめだったものの。
暑いから脱いでいたらしい傍らに置かれたショートコートは、
襟が本物のファー仕立てらしかったし。
そんな彼女を庇う、やはり金髪の美少女は、
キャメルのショートコートの下へ、
パルキーセーター風の長めの首回りが顎まで沿うニットと、
スムースな素材のエプロンドレス風ジャンパースカートを合わせ、
首からはメダリオンを使ったペンダントを提げという、
こちら様もどこかお嬢様スタイルでおり。
「………えっと。」
金髪は染めたものかと思ったし、
瞳の色だって今時はカラコンが流行しているから変わった色の子は当たり前。
それでと高をくくっていたが、
もしかしたらば この子たち、本物の外交官か何かのお嬢様かもしれないと。
さしてメイクもしちゃあいないというに、
透けるような色白な頬に今更気がつき。
今頃になって気がついてという遅ればせながらの動揺が、
彼らの顔面から血の気を奪ったらしくって。
「どうしましたか?」
そこへの畳み掛け、
警備員らしい制服姿の男性職員が歩み寄るのが見えたからだろう。
「ち…っ。」
捨て台詞も思いつかないまま、慌てて逃げ去る彼らであり。
「ありゃあ、この冬じゅうはここいら歩けませんね。」
「そうですね。きっとあのコート、替えはないと見ましたし。」
こちらさんはロングコートの下へ
ニットのポンチョ風ボレロを上着に、
ちょっと早いめの季節先取り、
春色っぽいサーモンピンクのスカートといういで立ちのひなげしさんが、
わざとらしくも額へ小手をかざして見送り。
あっさり追い払った手際の善さだったのへ、
周囲の女性客の皆様までもが“やったねvv”と嬉しそうなお顔をしているそんな中。
「凄いもんだねぇ。」
回れ右して散り散りになってく皆様の間から、そんなお声が立つ。
そうそうそう言えばと、
先程、あの男が宙ぶらりんになってた原因、
がっしと腕を伸ばし、
後ろ襟を引っ掴んだ男性があったことへと注意を戻せば、
「え? あら。」
「あ、良親様?」
「結婚屋……。」
今日もどこか小粋なデザインジャケットをまとったお兄さん、
丹羽良親さんが“は〜い”とにこやかに手を振っておいでであり。
さすがに“お目付役”に任命されたこと、彼女らには話してないようで。
いつもいつも妙な間合いに居合わせる彼なのを、
久蔵本人辺りから怪訝そうなお顔で不審に思われることもあるらしいが、
「その“結婚屋”のオフィスでもね。
バレンタイン企画っての展開しているんだよ。」
今もまた目元を眇めた彼女へ、怖じけもしないまま、
ほらあれと指差した催し物会場の一角、
窓よりのとあるブースには、
確かに彼の実家のブライダルサロンの名前が
優雅なイタリックで記されており。
「婚礼関係が主幹じゃああるが、
他にもいろいろ、イベント企画も請け負っているんだよ。」
誕生日パーティーや同窓会に、
出会いの場を取り持つ“お見合い”もどきの合コンとかね…と並べてから、
「そういう場で立食メニューを提供するケータリングの会社とか、
細かいいろいろも手掛けておりますもので。」
今時の商売人ですからというお顔で、
どこかわざとらしくもふふんと微笑って見せてから、
お行儀の善さそうな白い手の人差し指を立て、
「三木さんチでも、
バレンタイン・プランのあれこれ、立ち上げてるでしょう?」
「……。(頷)」
既にアツアツのカップルへの
ディナーつき宿泊割引プランのみならず。
女子会にご利用くださいという
スィーツバイキングつきの団体宿泊プラン“友チョコパーティー”とか、
有名パティシエによるチョコレートケーキ教室とか。
ホテルJというと、微妙に敷居の高い場所かもだけれど、
こういうときに下見はいかが的なアピールをし、
将来のウェディングにご利用くださいなんて……
「そうか、貴様か発案者は。」
妙に詳細に詳しい彼なのへ、
そうか、お主が立てたそういう企画の数々のせいで、
それで両親を筆頭に今年の二月は妙に忙しいのかと、
鋭いほど斜めに切れ込んでくださったところが、
“いやはや、鋭いねぇ。”
コンピュータや機械操作はお任せのひなげしさん、
剣道世界の鬼百合で、
いざという場面での度胸はピカ一な白百合さんに比べれば、
寡黙で大人しく、世間知らずなお嬢様…と思わせといて、
結構 物事の本質への勘がいい紅ばらさんであり。
“思わぬところが油断ならない逸物なのは、
3人ともに同じくらい手ごわいらしい。”
そんなことをば今更ながらに思い知り。
こんなおっかないお嬢さんたちを、
あっさりメロメロにしてしまう殿方たちは、
立ち回り次第じゃあ史上最強なんじゃあなかろかと。
あとあとで勘兵衛様を苦笑させ、征樹さんからは睨まれそうなこと、
ついつい思ってしまった良親さんだったそうでございます。
〜Fine〜 12.02.06.
*今年のバレンタインは火曜日だし、何と言っても来週だし、
まだこれというのを買うのは早くないかと思っていたらば、
有名パティシエのクリスマスケーキ同様に、
出遅れると買いそびれるという恐れがあるんでってね。
こんなのお遊びとか、お歳暮みたいなものよなんて言ってる大人でも
その辺は変わらないとかで。
そっかぁ、考えてるんだ色々と。
世の男性の皆様、義理チョコでも喜ばんといかんよ?vv
めーるふぉーむvv


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